やさぐれメモ

やさぐれたアラフォー男性の自由帳

ジョグりながら中学受験について考えた

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たらたら走る。走って、歩いて、走って、歩く。気が付くとキロ5を下回る速いペースになっているので慌てて歩く。全日本ランカーの同僚は「やさぐれさんは、サブ4狙いなら速く走る必要はないです」と言っていた。

初夏。河川敷に人が増えて走りづらい。まあみんなの河川敷だ。もう少し早く。日が昇る前には帰る夜明け前パターンが必要だ。

 

現在進行形の中学受験ブログを50個ぐらいクロールして、色々見えてきた。

親の期待値がとにかく高すぎるというか、子供の能力と親の期待値とのバランスが取れていないと本当に不幸。ブログ主の親も子供たちも疲弊しきっているように見える。バカだなぁと思う。子も親も。

大学受験なら最終学歴という観点からは入ったもの勝ちだけど、中学受験・高校受験についてはその子のレベルに合った学校に進むのがいいと思っている。出身者に聞いたら上位校ほど学習進度が早いから入ってもついていけなくなる。落ちこぼれて辛いだけだ。そもそも子供に能力が無いのに能力からかけ離れたことを「やらせる」なんてバカバカしい。背伸びして名門中学に合格させようとする。バカバカしい。そう思う。

 

中学受験の本当の目的は一体何であり、目的地はどこだろう。

校内暴力で荒んだ地元公立校の回避?

それとも数年後の難関大学入学(合格)&卒業?

それとも親の見栄?サンクコストの回収?

一体何のために中学受験をさせているのだろう?分からない。全然分からない。例えば、どうしても明大明治に通わせたくて明大明治を受験するとかなら、まあ分からなくはないのだが。

一応、言えるのは算数の特殊算で養う計数感覚、理科や地理歴史の一般常識、国語の論理力・記述力など中学受験で学ぶ内容は全て財産になる。私が勤めている直近の2社はいずれも数字に弱い人は話にならないし、数字に強い人は大体が名門私立中学・高校の出身。あとは札南とか戸山、浜北、北野なんかの名門公立高校も少なくないけど、中学受験経験者は会社の、特にミドル・バックオフィスというか本部機能でものすごく強い。これは間違いない。

 

自分で勉強できる子と、親が見てやらないとできない子。

子供の学習姿勢(not学力)に対して苛ついてしまう親と、泰然自若な親。

志望校のハードルが子供に対して現実的かどうか、見極めるのが難しいんだろうな。勉強をすれば学力が伸びるかもしれないから。それは真理。ただ子供がその価値に気付けないとキツい。そして小学生には難しい、というか気付くのが難しい子が多いのではないか。

 

私が山田義塾に入った小5の秋、クラスは3段階の真ん中。小6になって最初は6クラスの上から4番目、その後すぐに1つ上に昇格した。当時のレベル感としては一番下や2番目のクラスが聖望学園や明星。真ん中の2クラスが富士見や山脇、日大豊山などそのへんの私立大学の付属校。一番上が大浜くんの東邦東邦や小崎くんのラ・サールなどだ。その後、私は夏にやめてしまったが。地獄の夏合宿1週間に行きたくなかったのだ。

 

今思うと2つ必要だったと思う。熱意と戦略。

私が受験コースをやめてしまった理由はそもそも受験に興味がなかったからだが、親から勉強しろとは1度も言われなった。なんなら、そもそも母も本気で受験させようとは考えていなかった。近所にあったのが山田義塾で、友達が何人か通っていた学習塾というものに自分も行ってみたかっただけだった。

6年の春にあった親と塾との志望校面談では法政一中や成蹊、抑えに明治学院中などのラインナップだったらしいが、私自身は全く興味が無かった。行きたい学校なんてなかったし、なんなら中学受験を理解していなかった。現実のものとして捉えていなかった。

実は母も後年の述懐として、本気ではなかったと話している。私を行かせたいと思った早稲田中が4科目で理社をやっていなかったためにさっさと断念。他に行かせたい学校で国数の2科目で受けられるのが早実くらいで、それも学力的に難しいだろうと諦める。本人がどこか中学受験したいならさせてやろう、くらいの気持ちだったそうだ。私としても結果として法政中や成蹊中でなくて良かった。

 

そのくらいがいい。自分の人生だ。受験勉強をやりたいならやる。やらされるくらいならやらないほうがいい。もちろん、熱意があるならそれはモチベーションとしてとても良いことだ。主体性を持って学習に臨む。素晴らしい。そうでなければ難関中学を経由して東大に進むのは無理だ。早慶(上理)だって怪しい。早慶に進むやつだってそのへんの高校生より相対的に断然賢く、粘り強く、自己マネジメントができる傾向にある。まあ入学した後、その反動で身を滅ぼしていく奴も一定数は存在するのだが。受かったところが志望校。

 

背伸びして武蔵中に合格してしまった山岡くんは早々についていけなくなっていた。

山岡君は中学1年の夏に近所の本屋で見かけた。参考書を買いに来ていたようで、一緒にいたお母様のお叱り具合から、入学して早々にドロップアウトしかけていたらしくしょんぼりしていた(私はすぐに隠れて立ち去った)。

あとは高校の話だが中学の同級生が海城高校に進んで髪の毛が抜けてしまったと聞いた。(一浪して東大落ちの彼は平凡な公立高校出身の私と大学で同期である。)

 

合格した学校がその子のレベルだと言いたいが、無理して入っても入学後にしっかり適応してその環境を活かせなければ意味がない。辛いだけだ。そして中高6年間で最高の友達ができたならば良し。

そう考えると、どんな結果であれ受験当日までの過ごし方は無駄ではないし、第一志望でなくても無駄にしない過ごし方ができるならそれもいい。そう考えるのは賢いと思う。そのように前向きに捉えるしかない。

 

だいたい、子供に勉強を「やらせる」とか意味が分からない。自分で勉強できない子が東大合格者を排出する高校の付属中に合格できるわけがないし、入れたところで勉強にはついていけないのだ。落ちこぼれてそこから頑張ったって精々、早慶が関の山。

そして「御三家を出て早慶かよ。」と後ろ指を差される。人の苦労も知らず世間は勝手なものだ。筑駒出身で二浪の友人も本当にやさぐれていた。さらには私の語学のクラスでは浦和一女から一浪の人と女子高が合わなくて中退・大検の人が机を並べていたりするというある種のカオスが生じていたりした。(どうでもいいけど、どちらも大変優秀であった。)

まあそんなもんだよ。灘から早稲田理工とか、女子学院から一浪して慶應法とか恥ずかしい、って本人たちがこぼす。公立中から県立高校経由で入学したこちらとしてもいたたまれない。開成から早稲田政経とか、あちゃー。あとは札南・札北が札西や札幌東を下に見るとかいう面白い文化も見つつ、東大・北大落ちの時点で同じ穴の狢よ。それが早慶。そういうのを目にすると中学受験は通過点でしかないし、早慶に行けるポテンシャルがあるなら公立中でも問題は無くて、中学受験を通過しなくても良かったりする。

まあ大体は大学2年生になる頃には価値観もアップデートされるのだが、劣等感の問題は根が深い。だからそういった「劣等感の芽を摘んでおくためにとりあえず一番の学校として東大を出ておこうと考えた」というのは合理的だ。

合掌。