やさぐれメモ

やさぐれた30代男性の自由帳

父はケチであった

最高年収たかだか2000万円程度で語られてもなぁ。

父が見せてくれたのは、たしか平成18年ころだったか、源泉徴収票に載っていた金額は4000万円を超えていた。

 

若いころから個人投資家だった父は、平成の世になっても黒電話とそろばん(!、後に電卓を購入)で株式市場を戦い抜いた。幼少の頃、後に四季報と知る分厚い本をよく見せてくれた。

「見てみろ、お父さんの名前が載ってるから」

5~6ページは付箋を貼っただろうか。個人として大株主欄に名前を出すのがどれほどのことか、後にIR担当者になるまで全く関心がなかった。

 

父はとにかくケチだった。

数百円のロボダッチやレゴを買ってもらうのにどれだけ頼み込んだことか。

自転車だって近所に打ち捨てられた女児用のものを拾って乗っていて、さすがに盗難車みたいでマズいからと、小学校5年になって、やっと買い与えてもらった。

 

印象的だったのは、母が玄関灯のランプシェードを買ってきたとき。「必要ない!返してこい!」と激怒して母をビンタした。金額にして3000円だったと記憶している。

旅行に行ったことはないし、証券会社にかけ直しさせることで、売買量の割には電話代も毎月300円程度だった。

 

そもそも僕の生家は高度成長期に建てられた、家賃30000円/月の古い団地。そこに家族五人で住んでいた(1DK40平米程度、後に離散。

 

エアコンもストーブもない(コタツのみ)。

冷蔵庫はあったけどコンセントは抜かれていた。

台所に給湯器がやって来たのは僕が大人になってから。

 

バブル崩壊後も信用2階建てで派手に取引していた。薄商いのときは、夕食のおかずにレトルトのハンバーグが続いたりもしていた。僕が働きだしてからの雑談のなかで、ある日の追証2000万円と言ってたな(損切り現金化して即日納付)。

 

父は勤め人ではないし、母はパートタイマー。実家のBSは現預金がなくて、ほとんど有価証券だったから、あのブログの人とは比較にならないか。

 

今はすっかり手仕舞して近所の本屋に1日中入り浸り、大好きな一平二太郎三昧とのことである。