やさぐれメモ

やさぐれた30代男性の自由帳

2度目の退職を決めたあの日の朝

この時期毎朝、通勤電車から見える雄大な富士山。
スッキリした冬晴れの関東平野から望む白い富士山はとても神々しくて、見飽きることがありません。

一方、東に目をやると夜が明けはじめて日の出まであと10分。空はもうすっかり明るくて、低いところは金色に灼けています。

「あぁ、今日も夜が明けるよ」と心の中で中二病っぽく呟きます。

吊り革に捕まってTOEICを聞きながら朝焼けを眺めていて、ふと、ブラック企業を脱出して転職した前職を辞する決心も通勤中だったなと思い出しました。


精神的に参ってくると、普通に考えたらおかしいものがおかしいと感じなくなります。その当時、取るに足らない悩みをいくつも「抱えさせられて」僕はすっかりくたびれていました。

今発生している(理不尽に発生させられた)いくつものトラブルも、さすがに自分が死ぬ時にはどうでもいいことだと思うのかな。いつかは笑い話になるのかな。

くたびれていたその頃、朝焼けを眺めながらそんなことを考えて、大好きなインターFMピーター・バラカンバラカンモーニングを聞き流していると、ある曲が流れてきました。

サイモン&ガーファンクルの『明日に架ける橋(Bridge over Troubled Water)』。

ふと我にかえりました。

辞めよう。

このままだと自分が自分でなくなる。
一度きりの人生をこんな気持ちで送るなんてもったいない。どんなに給料が良くたって、土日も無駄に鬱屈した気持ちで送る人生、馬鹿馬鹿しいじゃないか。

冷静に考えてみて、成長曲線が水平になってしまっていることにも気が付きました。一度そこに気が付くと、些末なことに拘泥させられる自分が滑稽に思えて可笑しくなりました。

次は決まっていませんでしたから奥さんも不安でいっぱいでしたが、それでも退職に賛同してくれました。

長くいるところではないなと思っていましたが、転職から退職まで思ったより早かったなと思いました。でもやりたいこと、できないことに挑戦できない環境でくすぶり続けることは嫌でした。色々と人のせいにしている部分を差し引いても、全てがバカバカしくなりました。

上司が慰留とはとてもいえないゴネりをグダグダ繰り返したのも退職の決意をさらに固くしました。退職理由はどちらが悪いとかではなく、どっちもどっちでしょう。ただここまで合わなかった人も初めてでしたから、自分は今までずいぶん人に、上司に恵まれてきたのだと気付かされました。住宅ローン返済頑張ってください。

齢30過ぎ専門分野なしオールラウンダー、ゼネラリストが世間一般の高収入を捨てての就職活動は多難を極めましたが、何とかご縁をいただき、今に至ります。

自分はうつ状態か、それに近い状態だと自分で気付けたのは良かった。うつで苦しんでいる方には失礼に感じられて当然でしょうが、最後に開き直るまで僕は疲れていました。


とりあえず人生、何とかなった。
疲れたら辞めるのもありでしょう。しばらく休むのもいいでしょう。
そこから2度目の転職(再就職)は運が良かったのも大きいですが、休職とか、ときには退職も含めてとにかく心身を壊す前に自衛手段を取ること。誰も自分を守ってはくれませんから。

何でこんなエントリーを書いたかというと、僕の前、2人、短期間で辞めてるんですって。わお!

※人生何とかなる、というか何とかするしかないのですが。転職活動は本当に苦労しました。書類の通過率は3〜4割でしたが、キャリアが器用貧乏で、候補二番手三番手でお見送り。収入はゼロだし、交通費がハンパなかったです(泣)。