やさぐれメモ

やさぐれた30代男性の自由帳

僕の中の「うちらの世界」と「あちらの世界」の文化祭

ドラゴン桜の検証記事を読んだ。で、今更だけど「うちらの世界」に絡めてちょっと書いてみる。

 

以前、「うちらの世界」とか「高学歴と低学歴の世界の溝」等をテーマにしたブログ記事が話題になった。24時間残念営業の店長さんが書いた記事が非常に興味深くて、ついでに「底辺の世界」関連の記事も大体読んだ。


あっちの世界の人とこっちの世界の人が交わることはまず、ない。
でも、偶然にも交わるチャンスがあって、それが人生で程よいタイミングであったなら、階層移動というか、世界間の断絶の溝を越えることは不可能ではない。


「世界の溝」を最初に具体的に知ったのは高2の夏、都内の予備校に通い始めたとき。
僕はそこまでチンピラな底辺の世界にいたわけではないけれど、僕の高校は大学進学では割と底辺だったと思う。

予備校に通いだしたころ、僕の高校は秋の文化祭に向けて準備をしていた。僕はクラスに非協力的だった。文化祭なんて文化部の発表の場という以外に意義を感じなかったし、どのクラスも模擬店ばかりで子供っぽかった。


近所の小学生が鬼ごっこでそこらじゅうを走り回り、近隣のチンピラ高校生がやってきて僕の高校の派手目な女子をナンパする。逆に、僕の高校の生徒複数名が逆ナンでやってきた他校の女子を痴漢して大問題になったりもした。そんなくだらないイベントのために二日間奪われるのは御免だった。教室に椅子だけ並べて休憩所にでもして、みんな図書館で勉強しようぜ。本気でそう思っていた。


僕のクラスも例に漏れず、一部の幼稚な女子の主導でうどん屋をやることになった

物販という発想自体が幼稚だし、それに対して「恥ずかしいから嫌」というこれまた幼稚な理由で検便を拒否するクラスメートが複数いて、クラスは揉めに揉めた。そもそもクラス自体が個人主義でまとまることは一度もなかった。うどん屋やりたいと喚く幼稚な女子たちは非協力的なクラスメート20人以上に、いちいち文句を言ってまわっていた。「手伝ってよ、高校生活最後の文化祭なんだよ!」

 

それに対して「やりたいやつだけでやれよ、巻き込むんじゃねぇよ」と気の強い女子が言い返していた。まったくだ。僕は受験勉強したかったというより、幼稚なことに付き合うのがバカバカしかった。クラスを見下す気持ちとともに、「あちらの世界」を知り、どうしてもこの世界から抜け出したくて必死だった。

文化祭の当日は、町の図書館だったか予備校の自習室で勉強していた。当日、会場となった家庭科室には、やはりクラスメートが半分もいなくて店番のシフトが大変だったらしいが、知る由もない。

※後年、大学に進学して全国の生徒会長&学級委員が集まったときの一致団結の速さ、企画実行力に驚くことになる。

 


予備校で仲良くなった都内の進学校の友人たちも、文化祭に参加しない人は多かった。
一方で、勉強とは別に積極的に参加する友人もいたけれど、彼らは物販ではなくカジノとかプールバー(ビリヤード)とか、やることがとても大人びて見えて、ますます自分の高校が恥ずかしくなった。善悪は別としてイベント終了後の打ち上げも、こちら制服でファミレスvsあちら居酒屋。


学力でいえばどちらの「世界」も個人の自助努力の問題はあるが、歴史であれば高2までに現代史まで一通り終わらせて高3は論述対策やってるとか、化学は混成軌道理論まで学んでいるとか、受験勉強とは別に、進学校の彼らは教師とともに楽しみながら勉強していた。そんな環境も羨ましかった。


僕の高校は地域では一応進学校として位置付けられていたものの、地域のレベル自体が高くなく、有名大学進学のフィールドでは底辺だった。それなのに井戸の外を知らないクラスメートたちは高3の春まで、自分たちはそこそこ勉強がデキると思い込んでいた。大体は高3の春に全国模試を初めて受けて、大学受験における自分のポジションを知り、誰もが絶望する。

どうしていいか分からず、やる気のない地方公務員である先生の言うとおりにとりあえず勉強する。ほぼ全員が大東亜帝国日東駒専、専門学校へ進むパターン。法政や立教に奇跡的に合格した3年生数人が、下級生への針路発表会で調子に乗って受験のコツを嘯いて不愉快だった。学力や進路実績で言えばそんな高校だったし、僕も最初の1年はその一人だった。

 

そんな環境の中で大学に進学しようとしたのは高1の冬に偶然、中学の先輩に会ったことがきっかけだった。バスケ部で二代上のキャプテンだった先輩は県内屈指の進学校に進み、僕が会ったときは大学受験目前だった。

僕を覚えてくれていた先輩は20分という短い時間だったけれど、「あちらの世界」を少しだけ教えてくれた。残念ながら「うちらの世界」の僕にはすぐには理解できなかったが、それでも一生懸命考えながら話を聞いた。

後悔しない人生を送るためには選択肢を多く持つといい。
選択肢を増やすには、物事の理屈、社会の仕組みを知っておく必要がある。
そのためには、今まで学校から教わったものを自分の知恵にして、もっと深いものに変えること。


要は「上級の学校に進学しろ、そのために今のうちから勉強しておけ」ということだけは分かった。目の前に大学受験を控えて、もっと早くから勉強しておけば良かったと話す先輩の明るい笑顔が印象的だった。


帰宅した僕は、母に大学進学の費用を相談した。僕には駄目な兄がいた。低学力の兄が大学受験で大変苦労したことは、母から聞かされていた。母は僕の進学希望を快諾した。「あちらの世界」では親に進学を宣言することなく、そもそも大学進学が当然なんだろうな、と大学進学後に思った。

 

「あちらの世界」の先輩が、世界の溝を越えるきっかけをくれた。

あの日先輩に出会っていなかったら、気が付くことはなかった。

知らずに生きていく幸せもあったのに、知ってしまった後悔も、実はある。

それでもあっちとこっちをフラフラと行き来している僕は、とりあえず目の前のものに全力投球するほかにない。