やさぐれメモ

やさぐれた30代男性の自由帳

人生もホイールも淡々と回したい

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出張で訪れた無人駅で1時間ほど過ごす機会があって、ホームでつかの間の休息。山と畑と民家と駅。桃源郷のような駅で夢のような時間を過ごしていると近所のお父さんが話しかけてきて、訛りがきつくて何を言っているのかよく分からないうちに、僕は日本人とベトナム人ミックスカンボジアからやってきたビジネスパーソンということになった。

日本に来てどうだい?と言うので、開発途上国の立場から日本を褒めろということかと忖度。カンボジアと違って東京は高層ビルがスゴいですね、そして街がとても豊かで、まるで夢のようですとそこそこ流暢な日本語で答えたら、しわだらけのお父さんはとても嬉しそうで僕は吐き気がした。だけど人生の満足度はとても高そうに感じられて、タバコと土ぼこりの臭いがする初老の男性のことを羨ましく思った。

 

人生の半分を生きて折り返し地点。残りの人生をどう生きようか、最近そればかり考えている。


未知への挑戦はだいたいは楽しいのが当たり前で、素晴らしい未来が自分を待っていると当然のように考えるほどは若くない。青くない。キラキラした夢想を当たり前の日常に変換して淡々と続けるのが悔いなく生きることだと、ここ数年考えるようになった。

生きることとはふらふらせずに根を張って続けること。目指す理想は適度な高さにセットして、現実とのギャップを埋めて実現するのにお金と時間をどのくらい突っ込んで、どのレベルまで実現するか。金と時間と経験を使って、思い描いた生き方を淡々と現実のものにする。

 

『当たり前の日々をきちんと過ごす。良い出来事も面倒な出来事も、フラットな心でうけとめる。いろんな人やものを相手に淡々とキャッチボールするように生活のなかで生きる。そのために、健全な生活と心身を維持する。』

『「これをやる」のではなく「続ける」ことだって僕は今でも大事にしています』

有名人お二人のこの言葉はとても印象的だ。

 

資産運用と少し似ている。例えば株式取引。みんな自分は儲かると無条件に信じてスタートする。違う。売買手数料が発生するのだから儲かりにくい。勝率は五割じゃない。損しやすい。全然儲からない。それで仮想通貨に行く。やっぱり儲からず、損失が積み上がる。ちょっと考えれば分かることだ。目を覚ませ。騙されるな。搾取されるな。心を整えて相場を眺めるんだ。

明日の10万円を追わずに今日の目の前の1万円を確実に利益確定。毎日こつこつと丁寧に小銭を積み上げる。スマホをいじるだけで楽して儲かるのは快感だけど、他人がやっているのを見ると、自分のことを棚に上げて、なんて下衆で下品な生き方をしてるんだろうと思うこともあった。もちろん今は違う。その売買手数料で儲けるようなビジネスがいい。胴元。

二十代の頃、無計画な一人旅が楽しかった。見知らぬ土地で、その場で判断して選択するスリルがとても楽しかった。でも行き当たりばったりの旅路はやがてストレスになった。硬い座席や寝心地の悪いベッドや不味い食事が嫌になって、ちゃんと必要「以上に」金をかけるようになった。クオリティを確保しながら旅の目的を明確にして、計画して、達成プロセスを楽しむようになって、そしたらだんだん消化試合というか、ドラクエみたいな旅行はつまらなくなって目が覚めた。そんなのに金使うくらいならTACの簿記講座に使おうと思って会計の勉強を始めた。もう少し早く気付けたら良かったけど、これは一周しないと気付かない。ちなみに一番いいのは自宅でだらだら過ごすことだったりする。

ふるさと納税の返礼品やら株主優待やらが届くのは嬉しい。考えて判断して選択した、僕のマネタイズの結果。自分が生きてきた証なのだ。本当は優待なんていらないからその分増配するか、できれば自社株買いをお願いしたい。毎回そう思いながら、暇してるナンピン資金で食品メーカーを回転させてしまう。

回転といえばロードバイク。人生何度目かのローラー台が欲しいローラー台やりたい病が発生。淡々と回して過ごしたい。

欲張らない株式取引

4月9日

2579 コカ・コーラボトラーズジャパンHD

9:25 買4,480

12:42  売4,565

3時間で決済。売買手数料を差し引いて7,000円程度の儲けになります。ここで言いたいのは自慢ではなくて、もっと上がると思っても、さっさと利益確定して勝負から降りるということです。ギャンブルじゃないので「勝負」なんかしない。

翌4月10日は続伸、前場で瞬間的に4,600円を超えてきましたが、後場に入ってズルズル後退。終値は4,570円で終了しました。もし9日中に決済しないで持ち越した場合、あの上昇の仕方から僕の性格的に4,650円あたりを睨んでしまうので、売るに売れず、すごく損をした気分になります(売却したらしばらくはその銘柄を見ないのもひとつの手です)。そして今日11日も冴えない展開、続落してコカ・コーラは4,500円を割り込んでしまいました。

 

失敗もたくさんしていますが、小銭を稼ぐなら欲を張らないのがいい、目先の数千円を確実に取るのがいい、という信念に基づいて相場を眺めています。

ナンピン買い

ナンピンは勇気が要ります。なので感情を廃して自分ルールを作っています。感情は論理をぶっ飛ばして破滅を生みます。冷静な判断をするために自分の信念に基づいた理屈が大事。そこで、評価損が150,000円を超えてきたらもう1百~2百万円突っ込んで適宜ナンピンするルールを採用しています。その甲斐あって、今週ついにカゴメがプラ転、30,000円利確させました。味の素もごちそうさまでした。

僕にとって株取引はゲームみたいなもので、含み益が5,000円を超えたらいったん現金化するルールも敷いています。明日の10,000円より今日の、今目の前にある5,000円。不思議なもので、欲を出すと負けます。明日はもう少し上がるかなとかホールドするとたいていの場合は自己嫌悪に陥る結果となります。やっぱ売っとけばよかったなぁ、って。

もう何年も前、銘柄名を出しちゃうとめちゃめちゃボラティリティの高かったフルスピードで1日に7千円~1万円の利益を5日間出し続けた週があって頭がマヒ、案の定暴落して数十万円の含み損を抱えること3年。年に2回程度の割合で思い出したようにちょこちょこナンピンいれて買い増し、その成果がようやく出て昨年やっとプラ転、数万円のプラスで利益確定させることができましたが、実はまだ手元に数百株残しています。仕手筋の波に乗って、もう少し儲けようかなと欲が湧いてしまい、現在十数万円の含み損です。同じように数年前、調子に乗って2,000円超でつかんだ某エネルギー銘柄は経営難で株価が500円を割り、数十万の含み損で塩漬け4年目。自力再建は難しそうで、どこかのファンド出資待ちとか買収待ちという感じです。含み損は『未実現損失』としてプラ転を待つだけなのですが、このレベルの含み損になるとプラ転は現実味がなく、そうするとナンピン資金は寝かせておくのももったいないので、ついコカ・コーラとかキリンビールカゴメなど優待狙いの個人投資家が食指を伸ばす権利確定日前後の売買で回転させていたりします。権利落ちに買いを入れて次の権利確定日前に売却。優待やめて増配か、できれば自社株買いをお願いします。

年初に「Lレンズ資金を市場から調達」と思っていましたが、最近はあまりレンズには興味がなく、市場も堅調なので単純に値上がり益を楽しんでいます。8000Dも動いてくれていますし。最近の娘はカメラを向けると走り寄ってレンズにキャップをはめてきたり、手のひらをあててきたりして全然撮れません。

始発で出張

始発電車に乗ってまでして行かなければならない出張とは到底思えない、自分の意にそぐわない出張である。社内の圧力に屈してしまった。先月もそうだった。いずれも取引先がこちらの要求を満たさない、質の低いサービスを提供してきたことによる監査であるが、その監査には懲罰的な意味合いが多分に含まれている。発生した問題は些細なことで、しかし問題の根幹が基本的な部分だからこそ実査が必要なのだと言われると、「ああそうですか」と。まぁ確かに今日訪問する業界はこれまでなかなか機会のなかったこともあり、全く嫌というわけでもない。「やさぐれさんにはもっと実査の経験を」という会社の考えはありがたい。ただやはり僕は積極的にはなりきれていない。こういう主張のない、煮え切らない態度は会社員としては最低だと我ながら思う。

今回の出張原因となった問題は、例えて言えば「トイレの個室に入ったら紙がなかった」ので、これからは紙を切らさないように定期的に紙のストックを確認して再発防止に努めます、みたいな話だ。今日のポイントは紙のストック状況確認と、紙を切らさない仕組みの運用状況、そこから展開してトイレの清掃手順や清掃の実施状況、トイレを取り巻く環境確認といったところである。とはいっても実績の十分にある工場でトイレは温水洗浄便座、手洗いも温水温風泡ソープ完備、出入りも専用履き物、手のアルコール消毒を行わないと自動ドアが稼働せず、トイレから出られない=持ち場に戻れない仕組みが整っている。トイレは例えで、本当はもう少し複雑な製造工程だけど。

中小零細企業ばかりまわった昨年の経験からすると一見、今日の訪問先の管理体制は完璧だ(業界最大手で現預金ジャブジャブである)。だからこそ、紙がないなんて致命的なミスは絶対に許されない、ありえないというのがチームの結論だ。それは確かに僕自身もそう思う。そしてほかにもまだ何か、致命的なリスクが隠れている可能性はある。

 

電車の中で夜明けを見て、ビールのような色の朝日を浴びながら新幹線に乗っている。そういえば、まだ若い頃、思いがけずつまらなかった飲み会に参加したときは酩酊した頭で隣りの人のビールやスパークリングワインの泡を数えていたりしてやり過ごしていたけど、ここ10年くらいはそういったことはない。つまらなそうな飲み会には参加しないですむ環境で過ごせている。価値観が合わない人とは必要以上に無理に付き合う必要はない。

 

人生をすり減らさないことが、穏やかに生きるコツなのだろう。

 

結局、監査に行ってみて大きな問題は見受けられなかった。教育記録、製造日報、温度管理エトセトラ。この工場はもともとが優等生なのだ。不適合品が発生しても論理的に根治。論旨明快に講じており、何も言うことがなかった。監査の爪痕を残せたとすれば、更衣室の整理整頓と、たまたま無造作に置かれていた刃物はそこで使うのであればラックを用意して定位置保管で管理することなど。模範的な製造工場として訪問の価値は十分にあった。資金があるから機械設備の導入でいくらでも改善できる。チート。

 振り上げた拳をどこに下ろさせるか、そこまで考えるのは僕の仕事の範囲外だし、もう面倒だ。

駄文

まだ小学校に上がる前の幼い僕や兄を散々、叩いたり、ひっぱたいたり、ビンタしたり、バチンバチンと頬を張ったり、蹴っ飛ばしたり、踏みつけたり、何度も強く踏みつけたり、ストンピングしたり、放り投げたり、投げ飛ばしたり、突き飛ばしたり、

 

そういうことを繰り返していたあの頃の父親の年齢に僕も近付いてきた。その年代になってみて、仕草や言動とあわせて思い返すと父は人間的に未熟で、精神的にも幼かったのだろう。それともよほど、僕や兄の態度や素行が悪かったのか。今、自分が父親になってみて今のところ、あのような暴力を振るう理由がないし、考えただけで吐き気がする。

 

その父が何度目かの心臓トラブルでついに死の床に伏して、ようやく三途の河のほとりに立った。死ぬ前になにか、あの頃やったことを思い出させてやろうとか考えてみたりもしたけど、無意味だし、面白くもない。好き勝手に生きて死に得だ。唯一、孫の顔を見ることなく逝くことくらいだろうけど、それもやはり誰にとっても意味がない。かといってふつうに三途の河に突き飛ばすのも面白くない。

 

こう書き綴ってみて、もう顔も思い出せないけれど、15歳で家を出されて20年も離れて暮らしてしまうと、もはや他人でしかない。嫌いを通り越して無関心だったけど、間もなく死ぬと聞いて、一周回って憎悪の気持ちがまたむくむくと沸いてきた。孫娘を抱かせてやったあとに、父の目の前で父のやったとおりにやって見せたらどう思うだろう。ニヤニヤ笑うのかな。自分の過ちを認めて悔悟の念に浸るとは思えない。やはりお互いに無関心が一番いい。

 

学費を工面してくれたのは母だ。というか扶養の義務を抜きにして両親には育ててくれたことに感謝しなければならないのが、癪だ。大学に合格した夜、つい頼まれて話を聞いてやってしまった。大学ちゃんと卒業して偉くなれ。就職後の高卒ゆえの苦労と悔しさと劣等感。学歴格差の壁。上司の息子が大学に進学することを自慢されて、自分が高卒であることをバカにされて絶対に許さんと思ったそうな。母によると父は数日後、まだ存命だったその上司の家を訪ねて小一時間自慢仕返してやったとか、もし本当なら暇な老人だな。お宅の息子が苦労して入った●●大学を滑り止めにして、もっと上位の大学に入れてやったよ。へっへっへっ。

 

僕も親孝行したじゃないか。これ以上ない親孝行。さっさと焼いてやるのに、母からはまだ連絡がない。

塩、最強

午睡から起きて2~3時間ギャン泣きしたあげく、泣き声ではあるけれどはっきりと

「おかあさん、来てー!」

と繰り返しはじめた娘。うちの奥さん懸命に抱っこするけど、娘はギャン泣き&エビぞりで「お母さん」を呼び続ける。正確には「来て」は「ぎぃでぇ」でしたが、必死に助けを求めて泣き続けました。ベランダに出て外の空気を吸わせてもダメ、廊下から街並みを見せてもだめ(見ないで泣き続ける)。

 

で、代わりばんこに抱っこしながら、ふと気付いたんです。あ、ヤバい、これ、うちの娘じゃない。何かがうちの娘に憑いてる。

 

そういえばうちの娘、2語はまだ無理でした。「お母さん」も無理。贔屓目に見てもせいぜい、とーたー(父)!おたーたん(母)!が関の山。それが泣きじゃくりながら、いつの間にかはっきりと聞き取れる声で母親を呼び続ける娘。どうしてもっと早く気が付かなかったんだろう。

 

努めて冷静にキッチンから塩を持ち出し、僕を目で追う奥さんを尻目にベランダと玄関前に盛り塩をすませた途端に、娘はパタリと泣き止みました。僕に言われて奥さんもベランダと玄関前、マンションの廊下に塩をパラパラと撒きました。娘はそれまでのギャン泣きが嘘のように、寝息を立て始めました。

 

 

数ヵ月前、すぐ近所のマンションで火事があり、幼い兄妹が亡くなりました。その当時はシングルマザーの母親は夜もお勤めに出ていて、子供達だけだったと報道されました。何かをきっかけに、その子達がうちにやって来たのでしょうか。情けないことに全く気が付きませんでした。

 

もともと霊感とか全くなかったのですが、ある霊媒者の方と縁ができたことをきっかけに、ぐにゃっとしたものを感じられるようになりました。だからと言って目に見えるものでもなく、何もできないのですが、こういった非科学的なものもちょっぴり頭の片隅に置きながら毎日を過ごしてみるのも興味深いものです。あと、塩最強。

受けられないはずが、受験できる

ミスった。マジでミスった。昨年秋に受験してスベった検定の春試験に出願し忘れていて、思い出した時にはすでに出願締め切りになっていて

 

ああもう何やってんだ自分のバカバカバカすっげぇ自己嫌悪ぐあぁーうぐぁーんんんぐぐぐまあもう仕方ない悔やんでも悔やみきれないけど気持ちを切り替えよう次の試験は秋かしょうがない半年後だ半年後に再挑戦だそれまで充電だ

 

と油断してたんだけど、なんと昨日受験票が届いて、どうも出願開始の日にちゃんと手続きをとっていたみたいで、手続きしたあとすっかり忘れたまま勉強開始、そして出願締め切り後に出願し忘れたと思い込んで全然勉強してない。アホだ。突然受験票が届いて 1ヶ月後に試験、なんだこれ。

 

とりあえず、ラッキーか。

ラッキーですな。